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水上散歩♪(両国~浅草~聖路加ガーデン)
- 2012/03/20(Tue) -
2/25、『江戸東京博物館』の後、移動は観光を兼ねて水上バスで~


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この辺り(両国橋より上流左岸)の隅田川テラスはギャラリーになっており、江戸情緒な錦絵が。


DSC06860.jpg
そして柵にはこんなの♪他にも幾つもの技がデザインされてました~面白いですね(^_^)


DSC06873.jpg
両国の発着場。

隅田川の水上バスは2社あるようですね~ 私達が利用したのはこちら
船の画像を撮り忘れましたが、乗ったのは1階が窓があるシート席と船尾がオープン席。
2階がオープンデッキのタイプでした(たぶん「こすもす」かな?)
ホテルのある「聖路加ガーデン前」までは\500です。
コースは(浅草・お台場クルーズ)は、いったん上流の浅草(二天門)に向かいます。
では3時30分の便で出発~(^O^)/
橋巡りは下りの船旅で紹介する事とし、まずは、ちょこっとスカイツリーから♪


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吾妻橋の辺りからアサヒビール本社の社屋(左)と東京スカイツリー。
茶色の外観は琥珀色のガラスと最頂部の白い外壁で、泡のあふれるビールジョッキをイメージしてるそう。
そして、隣のどうにもアレにしか見えない物は(笑)フランスの著名なデザイナーによる「炎のオブジェ」だそうです。


DSC06901.jpg
スカイツリーはガスがかかって残念ながらこれが精一杯。


DSC06905.jpg
でも結構、接近して見れたし、記念になったね~(^_^)v



DSC06898 1
浅草(二天門)の発着場に寄って、船は方向転換して下ります~

ではここから橋紹介~
他さまのHPなどを参考に<橋メモ>も作成してみました。
記述に表現にもし変なところがあったらごめんなさいですが・・・(^_^;)


DSC06909.jpg
赤色が可愛らしくも思えるのは『吾妻橋(あずまばし)』

<吾妻橋メモ
江戸時代に隅田川に架けられた5つの橋の中で最後に架けられた橋。
幕府ではなく個人(町人の伊右衛門と下谷竜泉寺の源八)が5年がかりで造ったもので
武士以外からは通行料を取っていた記録がある。
隅田川最後の木の橋だったが、明治18年の大洪水のとき崩壊。
2年後に、今度は隅田川最初の鉄橋として架け替えられた。
現在の橋は、関東大震災で傷んだものを昭和6年に架け直したもの。


DSC06911 1
こちらは明るい青色が水辺に似合う『駒形橋(こまがたばし)』

<駒形橋メモ
関東大震災後の復興事業の一つとして架けられた橋。
名の由来は橋の西にある「駒形堂」から。駒形どぜう(どじょう)も有名。
現在の橋の完成は昭和2年。


DSC06918 1
名がわかると、なんとなく緑のカラーリングも連想しやすい?『厩橋(うまやばし)』

<厩橋メモ
明治になって最初に民間によって架けられた橋。
名の由来は江戸時代には幕府の厩舎が西岸にあったことから。


DSC06876 2
続いて『蔵前橋(くらまえばし)』

<蔵前橋メモ
名の由来は江戸時代に幕府の米蔵が建ち並んでいた地名から。
そのことから黄色のカラーは稲のもみ殻をイメージしてる。
昭和59年まで蔵前国技館があった(現在は両国)。
現在の橋の完成は昭和8年。
※こちらの欄干にもお相撲さんや屋形船に乗る着物姿の女性などがデザインされてます。
 そこまで興味ないかもですが(笑)一応クリックで大きくなります♪


いや~カラフルな橋が多いのですね~
でも色で覚えやすいし(いや、すぐ忘れてしまうんですけどね(^_^;))いいですね♪
そして浅草から紹介した主な橋の現存は昭和の初めに完成してるようですね。
レトロな雰囲気が親しみを感じます♪(人間もレトロだから?笑)

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屋上デッキにいると、手が届きそうな位に迫る橋の下を潜り抜けるのも楽しい♪(*^_^*)



DSC06923.jpg
船はここで出発した両国の発着場を通り過ぎ~(画像は隅田川テラスの絵画ギャラリー)


DSC06924.jpg
『両国橋』をくぐります。

<両国橋メモ
名の由来は西の武蔵国と東の下総国の二つの国をつないだことから。
現在の橋の完成は昭和7年。
日本最古の花火大会といわれる隅田川の花火は大飢饉とコレラの死者を弔うため
両国の川開きに花火を催したのが始まりとされる。
両国橋より上流を「玉屋」、下流を「鍵屋」が担当して、それぞれの花火を競った。
「たまや~」「かぎや~」というかけ声は、それぞれの花火師をひいきする見物客の声援だった。



DSC06929.jpg
お次は『新大橋』

<新大橋メモ
初期のものは隅田川で3番目にかけられた古い橋。
明治45年鉄材を使って架け替えられた為、関東大震災時には隅田川で唯一焼けずに人々の避難路になった。
現在の橋の完成は昭和51年。
※「ロングバケーション」でキムタク演じた瀬名のマンションが近くにあり、この橋も多く登場。


DSC06933.jpg
そして曲線が美しい『清州橋(きよすばし)』

<清州橋メモ
名の由来は公募により当時の両岸の地名の清澄町と中州町から。
関東大震災の震災復興事業として永代橋と共に計画された。
当時世界一美しいといわれたドイツのライン川のケルンの吊り橋をモデルにしており
「帝都東京の門」と呼称された永代橋と対になるような設計で震災復興の華とも呼ばれた優美なデザイン 。
現在の橋は昭和3年。
※さんまと大竹しのぶさんの「男女7人夏物語」を象徴する舞台の橋として登場。


DSC06938.jpg
見覚えのある景色も見えてきた『永大橋(えいたいはし)』
(ってこの時、初めて実際に目にするわけですが。笑)

<永大橋メモ
初期のものはは5代将軍徳川綱吉の50歳を祝って(1698年)架けられた。
名の由来は徳川家が代々続くようにと願ってつけられたという。
現在の橋はドイツのライン川のルーデンドルフ鉄道橋をモデルとしてる。
同じ頃に計画された清州橋をそのフォルムから女性的な橋、永大橋は男性的な橋といわれる。
赤穂浪士が討ち入りの帰りに渡った橋としても有名。
現在の橋の完成は大正15年。


DSC06950.jpg
『中央大橋』もおなじみ!?になりました。

<中央大橋メモ
隅田川で最も新しい橋。
隅田川とパリのセーヌ川は友好河川なのでデザインはパリ市に委託、日本の兜をイメージして作られている。
完成は平成5年。


DSC06953.jpg
佃大橋を潜りぬけ、聖路加タワー(ガーデン)前。
45分のプチ船旅でした~♪(^_^)/~

翌日は聖路加ガーデン前からお台場まで下ります~
・・・・・・つづく
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